日本人最速を陰で支えるのは元トッププロ! 新井コーチと横山選手の全日本モトクロス奮闘記 Vol.2

ライバルは唯一。そして、本当に強い

2025年の全日本モトクロス選手権シリーズは、やや変則的なスケジュールとなっており、序盤の3戦は日程が詰まり気味で、第4戦は第3戦の1ヶ月後。それを終えると今度は3ヶ月以上という長いインターバルが待つため、シーズンが前半と後半で完全に分断されていることになる。

全日本最高峰のIA1クラスで、シリーズタイトル獲得を目指して2年目のシーズンを戦う「Honda Dream Racing LG」の横山遥希選手を、ライディングアドバイザーとして支える新井宏彰氏は、横山選手の走りだけでなく、そんな大会スケジュールにも目を向けている。

「3ヶ月ものインターバルというのは、完全に仕切り直しをするようなもの。ここにどんな状態で入るかで、シーズン後半の流れが大きく変わる可能性もあります。こちらとしては、ジェイさんとのポイント差を少しでも縮め、多少でも彼にプレッシャーを与えた状態で……というのが理想です(新井氏)」

“ジェイさん”とは、2年連続IA1王者でヤマハファクトリーチームに所属するジェイ・ウィルソン選手のこと。日本よりもモトクロスのレベルが高いオーストラリアの出身で、母国や隣国ニュージーランドの選手権で何度もシリーズタイトルを獲得してきた。

一方で横山選手も、2021年からそのオーストラリアを活動の拠点とし、継続的にレース参戦。今季も、日本のレースを優先させつつ並行して挑戦を続けている。日本よりもさらに上の世界を見据え続けているからだ。 「日本人ライダーのトップでゴールするというのは、僕にとっては当然のこと。全日本ではジェイさんのことしか見ていないし、彼に勝てなければ意味がないし、だからこそ勝てないことがとても悔しいんです(横山選手)」

ケガにより2018年シーズンが最後の全日本参戦となった新井氏は、ジェイさんとレースで戦ったことはない。ただし新井氏の現役時代にも、IA1クラスで圧倒的に強い日本人ライダーがいた。だから新井氏は、現在の状況をこのように見る。

「IA1という日本の最高峰クラスを戦うとき、絶対王者というわけではないですけど、そういう明確な目標があるということは、さらに上を目指すライダーにとって絶対にプラスとなるはずです(新井氏)」

状況を判断して、ライダーが求める情報を

今季開幕戦では、「メンタル的なアドバイスが中心でした」と話していた新井氏。しかし宮城県・スポーツランドSUGOで4月26日(土)~27日(日)に実施された第2戦、5月18日(日)に埼玉県・オフロードヴィレッジで開催された第3戦では、ライン取りなどをかなり細かくアドバイスしたようだ。

「とくに第3戦は、雨上がりでマディから徐々に乾いていく状況となり、狭いコースながら路面には深いワダチが何本も刻まれました。ラインの選択肢が多い状況だったので、一緒に歩いてコースチェックもしたし、タブレット端末で撮った写真や動画を用いたラインの提案もしました(新井氏)」

もちろん、それらのアドバイスは一方的なものではない。「走るのは、自分ではなくあくまでもライダー」というのは新井氏が常に気をつけていることであり、「遥希が走りやすそうなライン」であることも重要と新井氏。これを踏まえながら、“もうひとつの眼”として情報を伝達している。

ちなみに新井氏といえば、現役時代には“アライン”なんて表現されたこともある、インのインを鋭くターンする走りも得意としてきた。この第3戦では、「たしかヒート2だったと思うのですが、『序盤の数周はここ使えそうだよ』とインのラインを提案し、実際に遥希が1周目にココを使ってトップに立っていました」と振り返る。

元トップライダーだからわかる、立て直すことの重要性

本当は、ジェイさんとの点差を詰める大会にしたかった第3戦。しかし決勝ヒート1で、横山選手は4番手走行中だったレース序盤に自らのミスで転倒を喫し、終盤には目の前で転んだ周回遅れのマシンに乗り上げるという不運で再び転び、11位に終わった。しかしここで、新井氏というレース経験豊富なアドバイザーがいることが、大きな助けとなった。

「まず、転倒によるカラダのダメージがありました。遥希は痛みに強く、骨折していても走っちゃうくらいのライダー。それなのにけっこう痛がっていて、テンションが下がっている状態でした。でも、これで崩れてその後のレースも落としてしまうようでは、チャンピオンになんてなれません。だからヒート2のスタート前にパドックで、『ここでいい走りを見せないと、シーズン後半の流れもだいぶ変わってくるからな』と声をかけました(新井氏)」

横山選手もIA2クラスではチャンピオン経験があり、当然ながらここでの立て直しが重要なことは理解している。それでも敢えて言葉にしたのは、「そうは言っても頭の片隅に、ネガティブな気持ちが残ってしまうことがあるから」と新井氏。切り替えの難しさを知る元トップライダーだからこその“ゲキ”だったのである。 そしてそのヒート2で、2度の転倒にあえぐジェイさんを尻目に、横山選手は今季初優勝をマーク。「走りそのものはよくなかったけど」と新井氏、「結果的に勝っちゃったレース」と横山選手が振り返るように、内容的には満足できるものではなかったとはいえ、「それでもすぐに立て直して勝てたことは大きな収穫」と新井氏は評価する。

シーズン序盤を終え、現状の課題が明確に

開幕から3戦を終え、横山選手はとりあえず1勝を挙げたが、真っ向勝負あるいはそれに近い状況での勝利ではない。しかも第2戦ヒート1、第3戦ヒート3では、レース終盤までトップを守りながら、僅かのところで勝利を逃している。新井氏は、そ要因が「レース序盤の戦い方」にあると分析している。

「細かい言及は避けますが、イメージとしてはスイッチを入れるタイミングみたいな話。それほど慎重に走るようなタイプではないと思うし、序盤が遅いということでもないのですが……。じつは昔からその傾向があって、今はだいぶ改善されていると思うのですが、いずれにせよ遥希の中に何かそうなる理由があると思うんです(新井氏)」 もちろんこれについて新井氏は、横山選手本人にも指摘済み。現在、新井氏は全日本の会場のみでアドバイザーを務めているが、現場で課題を明確にして伝えることで、横山選手が練習に取り組みやすい環境もつくっている。

二人三脚でよりしぶとく、納得できる勝利へ!

第3戦の決勝ヒート3、ラスト3周となった10周目にトップの座をジェイさんに明け渡した横山選手は、11周目に入ったところでジェイさんが周回遅れの影響で僅かに失速したのを見逃すことなく、左タイトターンでイン側のレールに飛び込んだ。しかしその立ち上がりでギャップに振られて転倒。これにより2位に終わった。

それでも横山選手に、勝負を仕掛けたことや転倒したことへの悔いはない。

「あのコーナーにはワダチが3~4本あったので、イン側を選択してなんとか前に出てブロックしようと考えました。リスキーなのはわかっていまし、強引なパッシングは好ましくありませんが、そうでもしないと抜けない相手だし、勝負しなければ何も変わりませんから(横山選手)」

一方で新井氏は、根本的に第3戦の路面コンディションと横山選手の相性が悪かったと分析。だからこそ、次戦での巻き返しにも期待を寄せる。

「第3戦は、予選から決勝ヒート3までの状況変化が大きかったとはいえ、いずれにせよ滑りやすいデリケートな路面でした。彼は背が低くて体重も軽いので、トラクションをかけづらい路面では、かなりシビアな操縦を強いられるはず。そういう意味では、そんな厳しい状況でもジェイさんとの点差を最小限に抑えられたとも評価できます。ハードパックでハイスピードな次戦の世羅グリーンパーク弘楽園では、また違った展開になると思います。重要な1戦なので、ぜひ現地で応援してあげてください!(新井氏)」

全日本モトクロス選手権を観戦すれば、きっと横山選手のファンになるはず。鋭い速さ、小柄でありながら450ccマシンをねじ伏せる力強さ、抜かれても絶対に諦めない精神力……。横山選手の走りには、観客を魅了する力がある。その大きな支えとなっているのは、アドバイザーを務める新井氏。信頼関係で結ばれた強固なタッグで、ひるむことなく手強いライバルに立ち向かう。カスタムジャパンも、そんな新井氏と横山選手を引き続き全力でサポートしていく。

D.I.D全日本モトクロス選手権シリーズ2025 第3戦 リザルト

IA-1クラス 総合結果 TOP10

順位 名前 チーム名 ポイント
1 JAY WILSON YAMAHA FACTORY RACING TEAM 96
2 横山 遥希 Honda Dream Racing LG 87
3 大倉 由揮 Honda Dream Racing Bells 84
4 内田 篤基 Yogibo PIRELLI MOUNTAINRIDERS 84
5 能塚 智寛 Team Kawasaki R&D 81
6 小方 誠 TEAM HAMMER 72
7 渡辺 祐介 YAMAHA BLU CRU RACING TEAM 72
8 大城 魁之輔 YAMAHA BLU CRU RACING TEAM YSP浜松 71
9 大塚 豪太 T.E.SPORT 69
10 浅井 亮太 BLUCRUフライングドルフィンサイセイ 67

■今後の全日本モトクロス選手権・開催スケジュール

第4戦中国大会
2025年6月14日(土)/15日(日) 広島県・世羅グリーンパーク弘楽園

第5戦近畿大会
2025年9月20日(土)/21日(日) 奈良県・名阪スポーツランド