ドゥカティ工場訪問――「加工→組立→テスト→物流→人材→環境→レース」が一本につながる現場


はじめに:工場見学が“近い”。だからこそ思想が見える

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ドゥカティミュージアム入口

工場見学というと「ラインを遠目に眺めて終わり」のイメージもあるが、ドゥカティのツアーは距離が近い。
昼間は複数の作業エリアを移動しながら、組立ラインの脇を一緒に歩く。危険ではないが、ロボットや機械、搬送、組立ラインが動いているので安全距離は常に意識する必要がある。床に切削くずのようなものが見える場面もあり、ちゃんと“作っている現場”の匂いがする。だからこそ足元に注意し、ロボット・機械・ラインから距離をとりつつ進む。
(当然と言えば、当然だが、写真撮影は禁止。)

1)最初の核心:カムシャフト/クランクシャフトの機械加工

最初に案内されたのは、エンジンの中核部品であるカムシャフトとクランクシャフトの加工エリア。
ドゥカティのバイクは1台あたり約1,500〜1,600点の部品で構成されるが、この工場で全部を作っているわけではない。ここで機械加工するのは主にカムシャフトとクランクシャフトで、それ以外の部品はサプライヤーが製造する。

サプライヤー比率は以下の通りだと説明があった。

  • イタリア国内サプライヤー:60%

  • ヨーロッパ域内:10%

  • 非ヨーロッパ:30%

イタリア比率が高い背景には地理もある。ここは「Motor Valley(モーターバレー)」と呼ばれ、ドゥカティだけでなく、フェラーリ、ランボルギーニ、パガーニ、マセラティ、ダラーラなど名だたるメーカーや関連企業が集積する。


2)素材が1.5kg→完成600g:削って“軽くする”のが価値


ここではサプライヤーから届いた素材(raw material)を、除去加工と仕上げで段階的に完成品へ近づける。

工程の言葉はこうだった。

  • 旋削(turning)とフライス(milling)=チップ除去(chip removal)

  • 最終はラッピング(lapping)=精密仕上げ(“第三段階の仕上げ”という言い方)

数字も具体的だ。

  • 素材重量:約1.5kg

  • 完成品:約600g

  • 所要:10〜12日

加工後、クランクシャフトは単体ではなくコンロッド(connecting rod)と組になり、次工程へ流れる。

3)洗浄機・反対側はカム:工程の見える化/リアルタイム監視

奥に見える機械はクランクシャフト洗浄機。カムシャフトは反対側で加工される。
そして加工中の各部品はリアルタイムでモニタリングされ、作業と履歴が追跡される。

4)トレーサビリティが背骨:QR+ID、3交代、年間320日

ここで強調されるのがTraceability(トレーサビリティ)。
クランクシャフトもカムシャフトも、すべてに識別番号とQRコードが付く。スキャンすれば、その部品の特徴(仕様)と、このエリア内での履歴が出る。

稼働体制は、

  • 1日3交代

  • 年間320稼働日

トレーサビリティは「工場見学の中で何度も出てくる」と宣言される。実際、その通りだった。

5)クランク加工の流れ:切削→ラッピング→コンロッド結合→“スーパーマーケット”

クランクシャフト加工は整理するとこうなる。
1)旋削・フライス(材料除去)
2)ラッピング(仕上げ)
3)コンロッドと組み合わせ
4)“スーパーマーケット”へ移動(部品準備エリア)
5)トロリーに載せて組立ラインへ供給

“スーパーマーケット”という言葉が工場内のキーワードになっていく。

6)小ネタ:笛やホーンでシフト交代?「昔はね、今は違う」

見学者が「笛やホーンでシフト交代を知らせるの?」と聞くと、ガイドは笑いながら否定する。
「いやいやいや、今はそんなことしない。昔はあったかもしれないけど、今はない。」
こういう掛け合いが逆に現場っぽい。

7)昨夏まで“ライン”→今は倉庫へ:スーパーマーケット化が進む

「昨年の夏までここにはいくつかラインがあったが、解体された。このエリアはスーパーマーケットになっていく。」

具体的には、

  • ここ:V2エンジン組立ライン向けスーパーマーケット

  • 左側:完成車組立ライン向けスーパーマーケット

スーパーマーケットには基本的に1日分の材料が置かれている。不足してきたら棚の上のバーコードタグをスキャンし、中央倉庫へ補充要求が飛ぶ。補充のリードタイムは約8時間。

8)2010年までアルミ加工→今は“サブグループ”の事前組立

「2010年までここはアルミ加工エリアだった。昔はシリンダーヘッドやクランクケースなどをここで加工していた。」
そして現在は、より正確には「サブグループ(sub-group)加工/準備エリア」。

サブグループとは、製品の一部をサプライヤーやスーパーマーケット側で先に組んでおき、最終組立ライン上の時間とスペースを節約するための事前組立ユニット。

例として挙げられたのが、

  • フレーム

  • ハンドルバー

  • リアサブフレーム

ここではフレームを事前組立し、完成したフレームは灰色のキャビンに入れられて識別番号が刻印される。

9)トレリスからMotoGP由来へ:レース技術が量産へ降りる

「トレリスフレームはずっとドゥカティの典型だった。しかし近年、多くのドゥカティはそれをやめ、まずモノコック、次にアルミフレームへ移った。いずれもMotoGP技術由来だ。」

レース部門の知見が市販車に降りる例として、

  • フレーム

  • クイックシフター

  • ウイングレット(空力付加物)
    が挙げられた。ここが後のArea 51に直結する。


10)今はラインに入れない:極秘の新製品→動画で“仮想見学”

「今はライン沿いを歩けない。なぜなら新しいものを組み立てていてトップシークレットだから。だから今日は動画で“仮想的に”ラインを見に行く。」

ラインは4本。

  • ライン1:Multistrada V4

  • ライン2:その他のV4(Panigale、Streetfighter、Diavel、X-Diavel)

  • ライン3:Scrambler、Hypermotard、Desmo 450 MX

  • ライン4:Monster、DesertX、その他V2(Panigale V2、Streetfighter V2、Multistrada V2)

特徴は混流生産。同じラインで同時に異なるモデルを組む。

(ちなみにこのエリアは、ドゥカティの会社を紹介するドキュメンタリーの映像で1部公開されていた。)

11)完成車組立の起点:“マリッジ(結婚)”=エンジン×フレーム

動画の中でまず示されたのがMultistrada V4のライン冒頭。最初の工程は“骨格(スケルトン)”づくりで、その起点がエンジンとフレームの結合=マリッジ(marriage)。

作業開始前に、エンジンコードとフレームコードをスキャンし、組み立てる作業者のID番号と紐付ける。これが車両のアイデンティティカードになる。

12)3セクション×2人、44分×4ステージ:組立のリズム設計

骨格が出来るとメインラインへ押し出され、他の部品が載っていく。
ラインは3セクションで、1セクションあたり2人。作業は44分×4ステージ。
後方には赤いトロリー(小物)、大型部品は青い金属ラック(メタルグリッド)に準備される。

13)Click-to-Light:紙リストを捨て、ミスを仕組みで潰す

スーパーマーケットでは買い物リストでピッキングしない。クリック・トゥ・ライトが動く。
1)VINをスキャン
2)必要部品の箱の横が緑に点灯(数量も表示)
3)部品を取る
4)黒ボタンを押して完了を返す
紙リスト不要、ピッキングミスが減る。

14)サブグループの実例:リアサブフレーム→バーコード→ラインへ

青い金属ラックにはフレーム、フォーク、タイヤ、ハンドルバーなどが入る。例としてリアサブフレームが示される。
これもサブグループで、スーパーマーケットで事前組立し、バーコードでトレーサビリティを確保してラインへ搬送、車体に装着される。フロント側では「これがレーダー」とも説明される。

15)働き方の設計:繁忙期9h/閑散期8h、10〜11月の休止

見学時期で人の多さが違い、3月・4月は臨時が入ることがある。
ラインは1日1シフトで、ローシーズン8時間、ハイシーズン9時間。ただしこの1時間は残業代ではなく、ハイシーズンで積んだ時間をローシーズンで休みとして回収する。
10〜11月は工場が10日〜数週間止まることもあり、例として「今年は10/1〜10月末まで休みの日があるが給与は支給される」と説明される。柔軟性のある制度で、秋は働く時間が減っても給料は同じ。

16)V4エンジン組立(2017年稼働):3時間/4工程/4人、AGVでテストへ

V4ラインは2017年12月稼働。1基3時間、4工程、4人。ストップ&ゴーで5分ごとに動く。
作業者1:ピストン・クランク装着、コアロッドを閉じる(最初から中間まで追う)
8ステーション後、作業者2:ケースを閉じ、シリンダーヘッド装着
作業者3:タイミング調整
作業者4:クラッチ装着
完成エンジンはAGVで「エンジンランニングイン(慣らし/テスト)」部門へ。

17)昔はJITがなかった:部品探しが最大のムダだった

35〜40年前はJITがなく、部品がライン周りに積まれ、作業者は一日中探していた。組み立てに集中すべきなのに探すことに集中してしまう。それが一番のムダ。いまはJITで必要な時に必要な部品が届き、トロリーが作業場の横に置かれる。

18)シングルシリンダー:Desmo 450 MX、1時間30分、2人、電子トルク+個人キー

旧Superquadroツイン→今は単気筒。午後にはDesmo 450 MXのエンジンが見られる。
組立1時間30分、2工程、2人(45分+45分)。ストップ&ゴーで工具が来る。電子ドライバーと個人磁気キーで締結条件とトルクを管理。各タスクの最後に適合証明書が発行され、車両のアイデンティティカードに紐付く。

19)限定車Desmosedici RR:GPレプリカという“例外”

このエリアには以前、限定車Desmosedici RRのエンジンラインもあった。GPバイクは本来プロトタイプで市販車にならないが、RRは例外で1,500人のために作られた。博物館に展示がある。

20)Area 51:MotoGP/SBKの極秘部門(120人)

MotoGPとスーパーバイクの開発・組立は後方の極秘部門。冗談交じりに「Area 51」。入れるのは社員だけ。人数は120人。
扉の奥でMotoGPエンジンを組む。1基=1人=8営業日。重量40kg。量産V4は65〜67kg。MotoGPは最大2,000kmの耐久設計。量産はもっと長寿命が要求される(願わくば…という冗談も^ ^)。

21)新型V2:今年デビュー、54kg、2時間、1人で完結、カルーセル

新型V2は今年デビュー。Panigale V2、Streetfighter V2、Multistrada V2から始まり、MonsterやHypermotardにも展開予定。
特徴として、従来のデスモに対しバルブスプリング方式(conventional springs)を採用。最軽量ツイン54kgで、置き換えた旧エンジンより9kg軽い。
組立時間は2時間。1人でエンジン全体を組む。ラインはカルーセル式で、作業者が同じエンジンを最初から最後まで追い、ラインはゆっくり動き続ける。
背後ではコンロッドASSY、シリンダー・ピストン、サークリップ、メインベアリング、刻印を準備する。

22)リーン生産:ロボットは精密、ムダを避けるのが本質

ロボットは人より精密でムダを避けられる。材料・時間・人材・お金のムダを徹底排除=リーンプロダクション。

23)DAISY:16〜18歳を年20人、1か月学校/1か月工場×2年、優秀者採用

10年前、Ducati・Lamborghini・Audi VW GroupがDAISYを開始。16〜18歳から年20人を選ぶ。技術学校から来て、2年間、1か月学校/1か月工場(ドゥカティかランボルギーニ)を交互に行う。修了証・認定証、優秀者は採用。北欧(ドイツ、オーストリア、デンマーク、フランス)で一般的。

24)全数コールドテスト:燃焼なし、油だけ、6速固定で5〜8分

エンジンは全数テスト。コールドテストは燃料なし、点火なし、燃焼なし、オイルだけ。
電動モーターで1,500→2,500rpm、6速固定、5〜8分。油圧、冷却回路、オイル回路、異常摩擦、組立問題を確認。
不合格はホスピタルへ(分解→修理→再組立→再テスト)。OKなら翌日バイク組立へ。
繁忙期はテストも3交代、夜勤あり。

25)初点火→短い暖機→ローラーベンチで走行シミュレーション

初点火、短い暖機、そしてローラーベンチのキャビンに入れて道路テストを模擬する。

26)最終工程:シート→最終品質検査→出荷(工場直販なし)

シートが付いたら最終品質検査、そして出荷。輸送会社→ディーラーへ。工場直販はしない。新車・中古・スペアパーツ、すべてディーラー経由。90カ国に800ディーラー。

27)環境配慮の建物:自然光、植栽、太陽光、雨水再利用

ガラスとポリカーボネートの大きな面が自然光を入れ、人工照明を減らす。中央に樹木。屋上に太陽光発電。地下に雨水タンク、雨水を工業プロセスで再利用。

28)ギフト:選べる(ただしPanigale Lamborghiniは完売)

最後にギフトを選べる。ただしPanigale Lamborghiniは売り切れ。

29)レース部門の別エリア:クロスバイクと電動バイク、MotoE(2023〜2026単独供給)

この部門の奥に、クロスバイクと電動バイクを開発するレース部門の別エリアがある。
2023〜2026、ドゥカティは電動世界選手権(MotoE)の単独サプライヤーで、その車両はここで開発されている。

30)終了:工場入口のショップへ戻り、ヘッドホン返却

最後に感謝の言葉。ショップへ戻り、ヘッドホンを返却して解散。

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ドゥカティショップの受付


最後に:所感(経営・製造視点)

ここからは経営と製造の視点で、現場を見て感じたことを整理する。

① “品質”を人の頑張りでなく「仕組み」に寄せ切っている

印象的だったのは、品質を「熟練者の勘」に依存させず、極限まで仕組み化している点。
QR/IDでの追跡、クリック・トゥ・ライト、電子トルク+個人キー、工程ごとの適合証、全数コールドテスト、ホスピタル運用。
これは「良い人がいれば回る」ではなく、「普通に回しても良品が出る」方向に寄せている。

② JITとスーパーマーケットは“現場の時間”を買っている

スーパーマーケットの本質は在庫を減らすことだけではなく、組立側の集中を守ることだと思った。
35〜40年前の“部品探しの地獄”を反省として、ラインの仕事を「組むこと」に限定している。
これは生産性だけでなく、品質(ミスの原因の排除)にも直結する。

③ “混流生産”は、ブランドの強さと同時に管理能力の証明

同一ラインで複数ファミリーを同時に組む混流は、段取りと情報の一元化が弱いと破綻する。
VINスキャン→必要部品が光る→取り違えが起きにくい、という設計は、混流の成立条件そのもの。
「モデルが多い=複雑」という負債を、ITと運用で潰している。

④ 人材育成(DAISY)は“採用”ではなく“供給網”の設計

DAISYは教育制度に見えるが、経営的には「技能人材の供給網を自社で作る」設計。
16〜18歳、1か月学校/1か月工場×2年で、文化・安全・品質の作法まで染み込ませる。
採用してから育てるより、採用前に“現場適合”を終わらせている。

⑤ レース(Area 51)は“広告”ではなく“開発装置”

Area 51の存在は象徴的だが、あれは単なるブランド演出ではない。
軽量構造、空力、クイックシフター、フレーム思想などが量産へ降りる“装置”になっている。
レースはコストではなく、技術のレバレッジを作る投資だと感じた。

⑥ 工場建築にまで思想が入っている(環境×コスト×快適性)

自然光、雨水利用、太陽光。これはESGのためだけではなく、照明・水・電力のコスト、作業者の快適性にも効いてくる。
工場の外側(箱)まで含めて“生産性”と捉えている。

結び:ドゥカティは「情熱」を“工程設計”で成立させていた

ドゥカティといえば情熱のブランドだが、現場は情熱だけではなく、精密な工程設計で成り立っている。
加工から出荷まで、トレーサビリティが背骨になり、物流が呼吸になり、人材育成が血流になり、レースが未来の設計図になっている。
工場は、ブランドの“裏側”ではなく、ブランドそのものだった。


補足:イタリア本社・ボローニャの工場で実際に組立や流れを見ることができる映像。機械加工やV4エンジンの様子をうかがう事ができる動画。
https://youtu.be/pg503gZLuto?si=MMXQCZ7Op-Bz-lkq


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